> ブルース・リーwikiにも無い弱点とは!?死因の真相は?実弟が明かす! | トレンド速報ニュース

ブルース・リーwikiにも無い弱点とは!?死因の真相は?実弟が明かす!

Pocket

リー1
若くしてこの世を去ったしまったブルース・リー
彼の実弟が来日し、謎に包まれている死因の真相について、
また、wikiにも載っていないブルース・リーの意外な弱点を話してくれました。

Sponsored Link

香港のアクションスター、ブルース・リー。

彼が突然この世を去ってから、没後40年が経ちました。

この度、実弟のロバート・リーが映画のPRのため来日し、
謎に包まれている死因について、
ウワサされている生存説や、
wikiにも載っていない、
外なブルース・リーの弱点についても話してくれました。

ブルース・リーは18歳の時に、
たった100ドルを持って単身渡米。

そこで、アメリカのTVシリーズ「グリーン・ホーネット」に出演が決まり、
持ち前のアクションを披露して、一躍注目を集めました。

アメリカでアクション俳優として実績を重ねたブルース・リーは、
1970年に香港に帰国。

1971年に公開された「ドラゴン危機一髪!」が、
香港の興行記録を塗り替える大ヒットを記録し、
香港のトップスターとして、一躍有名になりました。

Sponsored Link

その後、「ドラゴン怒りの鉄拳」「ドラゴンへの道」が立て続けに公開され、
ブルース・リーは不動のトップスターとして君臨することになります。

1973年1月、アメリカと香港の合作映画「燃えよドラゴン」を撮影し始め、
ブルース・リーは並々ならぬ気合で撮影に望みました。

それは、エキストラの武術指導から、脚本、撮影の仕方まで、
細かく意見を出していたことからもうかがえます。

飛ぶ鳥を落とす勢いで、香港トップスターとして、
またハリウッドスターとしての階段を駆け上がるかに思われましたが、
1973年7月、「死亡遊戯」を撮影中に亡くなり、
「燃えよドラゴン」がアメリカをはじめ、
世界中でヒットした頃には、もう既にこの世を去っていました。

香港とシアトルで行われた葬儀には、
何万人ものファンが駆けつけたそうです。

リー3

人気絶頂で、突然の謎の死を迎えたことで、
色々な憶測が流れました。

「何者かに暗殺されたんじゃないか?」
「実は隠れて生きているんじゃないか?」

と様々なウワサが流れました。

今回来日した、ロバート・リーはこれらのウワサを否定。

だが、家族であるロバート・リー自身も、
真相を知りたいことを明かしました。

死因は、当時は「脳浮腫」と診断されていたようですが、
最近では、「癲癇(てんかん)による突然死」だったのではないかと言われています。

「癲癇(てんかん)による突然死の」症状が認識されたのが1995年
当時この可能性が認められなかったのは、仕方のないことかもしれません。

また、ロバート・リーは実弟だけあって、
wikiにも載っていないブルース・リーの弱点を教えてくれました。

それは、”ゴキブリ”が苦手だということです。

真夜中にゴキブリを見て、ギャーギャー騒いでいたそうです。
スクリーンからは想像できない、意外な素顔ですね。

これからもファンの心のなかには、躍動するブルース・リーの姿が、
心のなかでいつまでも生き続けていくことでしょう。

リー2

Pocket

[エンタメ]

Sponsored Link

あなたにおすすめの記事はこちら!

このページの先頭へ